お豆が煮えたも御存知ない

      〜カボチャ大王、寝てる間に…。W (ラバBD作品)

                *一昨年のお話はこちら→
                 続編はこちら→、続々編はこちら→
 

 のっけから前置きもなく申し上げることなれど。魔界や天界に身を置く存在には天涯孤独な者が珍しくはない。だがそれは、何も…残虐凄惨な殺戮だの、種族間戦争の結果だとかいう、ドラマチックにも禍々しいものばかりが原因なのではなくて。はたまた、子供を成すことが珍しいというような、生殖関係の事情でもなく。
“むしろ、それこそ、あり得ないほど意外なところに所謂“血縁”がいたりするくらい、無軌道なのがこっちの世界だったりするかんな。”
 そういった奥深い諸事情なんかにはさして関わりない次元での問題で。手っ取り早く言えば、

  ――― 個々の“寿命”が一定なそれではない、有って無きものであるからだ。

 本人の意思や気力にまといつく、生気の濃さやその量が、強ければ強いほど、はたまたコシがあって多いほど。誰ぞの生気に呑まれたり取り込まれたりすることもなく存在し続け、格も上がっての悠然と、永き歳月を過ごして居られる筈…なのだが。

  「いい加減、ウチの門前に佇むのは辞めてくれねぇかな。」

 目の前にいるこの彼も、そういった…泰然としていていいだけの、確固たる生気を誇る種の“象徴様”系列の存在であった筈なのだがと。だっていうのにこの姿。打ち捨てられた仔猫か仔犬か、はたまた、待ちぼうけを喰っても延々と恋人を待ち続ける、執念の愛の使徒…場合によっちゃあ危ないまで思い詰める種の困ったお人を思わせるよな。憔悴し切って項垂れたままという格好にて、こちら様の門前にずっとずっと座り込んだままでいるのは、
「一応は魔族の、しかも名のある血統・一門の貴公子さんが、こやって何カ月も居座られてっと、こっちの外聞も悪くなんだけど。」
 こちらのご主人様からの直々のお声かけへと、力なく上げたお顔が、それでも…やつれて得た仄かな色香がますますのこと、繊細な傾向の男ぶりに嫋やかさを増している、魔界でも指折りの美丈夫の、桜庭春人というお兄さん。無論のこと、そんな彼を、素性から何からよくよく知っていればこそ。3カ月もの長きにわたり、最初のうちは毎日通って来いていたものが、後半は此処に居続けとなってしまったものを、こちらさんもまた辛抱強くも見守り続けていた、蟲妖の一族の長、葉柱ルイさんだったりし。
「なあ。妖一と喧嘩したんだってことしか、俺には判らないんだが。」
 座り込んでいる相手へと視線を合わせてのこと、こちらもまた長い御々脚を畳み込み、それなり立派なこしらえのお衣装の裾が、埃に埋まるのも気にしないで。その場に屈んで、傷心の君へと話しかけて差し上げる。
「こうやって居続ける態度もまた、あの臍曲がりには癇に障ってんのかも知れねぇぞ?」
 養い親の自分が言うのも何ではあるが、と。綺麗に後ろへと撫でつけた漆黒の髪を、長い指にてもそもそと掻きながら、
「一旦怒ると手がつけられねぇ。それに、気まぐれで利かん気で、同じことで喜んだり怒ったりの波も激しいと来てやがる。」
 何しろ、赤ん坊のころからの付き合いだからと、そしてその頃からちっとも変わってないからと、少々困ったことよとお顔を曇らせて紡いだところが、

  「………知ってる。」

 ぼそりと、小さな声がした。あまりに頼りない声だったので、ああ?と、ついつい乱暴な口調にて訊き返せば、
「妖一は、全く同じことでも日によって気に入ったり癇に障って怒ったり、自分は好きでやってたことでも、誰かが真似すると大嫌いになってしまったり。そういう繊細な気性をしていて、だからっ。」
 感極まったか、声が高まって来たのに合わせて、お顔を上げ直した貴公子様。

  「だから。僕が傍についててあげなきゃいけないってのにっ。」

 ねえ、葉柱くん。妖一は元気でいるの? 寝る前に持ち上げた上掛けが、冷えてて重いとか、乾かし過ぎで軽いとかって溜息とかついてない? 39.7℃のお風呂じゃないと、熱かったりぬるかったりって文句言うはずだけど、細かい説明するのが癪だからって、無理から我慢とかして入ってなぁい?
「…おう。今んトコは文句は言ってねぇが。」
 がっしと胸倉掴まれて、切々と訴えかけられた内容が内容だっただけに、

  “………ホンット、こいつってば あいつに骨抜きなんだなぁ。”

 そこまで傅
かしづいてやがったかと、呆れたのを通り越し、何だか気の毒になって来た、蟲妖一族の惣領様だったりするのである。






            ◇



 先にちらりと触れたこと。ご当人の意志の強さや濃さやらが強靭膨大であればあるほど、魔力や寿命が長くなり、威勢も張れてその名を馳せられるというのがこの世界の基本であり。そんなせいか、此処では“平均的”という言葉や概念は存在しない。埃のような集まらないと見えもしないほどの微細な存在から、天を貫くドラゴンのような存在まで、ハンデも保護もないままに同じ空間へと同座して、生気の核が強い者が、腹が減れば、何かしでかしたければ、足りない生気を勝手に掻き集めるその時に、たまさか近くに居合わせた弱き者は、残念なお知らせだが食われて同化されても文句は言えない。そんな世界だもんだから、ある意味で公平に扱われているとも言えるのかも。
(う〜ん) 弱い者はちゃっちゃと淘汰されるか、おもねりで強き者に気に入られ、その庇護下に入るか。そんな巧みな防御の術を磨いて生き残っている者もまた、勝ち組、強者だと言えるあたりは、考えようによっては人の世界とあんまり変わらないのかもしれないが。

  「〜〜〜〜〜。」

 褪めた白で統一された、結構な広さを持った部屋の中。遮光のカーテンだかスクリーンだかが窓辺に降りていて、室内は仄かな宵にも似た帳
とばりの中にあり。ふかふかのクッションがよく利いた、こちらもそれは広々としたベッドの中ほど。暗黒鳥の羽毛を詰めた枕を懐ろへと抱え込んで。起きかけのむずがりに むうむうと唸っては、深い吐息を一つ二つと吐き出してるお人がいる。魔界だから人ではなかろうというツッコミは、キリがないので以降は無しということで話を進めさせていただくが。(苦笑) 蜜にくぐらせ、濃色に沈ませたような金の髪が、純白のシーツの上へぱさりと散らされ、抱きかかえた枕と大差無い大きさの体に、シルクの上掛けがぐるぐると巻き付いているのは、相当お元気な寝相であったからに他ならず。
「うにゃ…?」
 こしこしと目元を擦る小さな手は、よっく泡立てたメレンゲもかくやという柔らかさで、同じ白肌を張った頬にその輪郭をとろけさせ、ぱふりと枕の上へ小さな“ぐう”となって落とされる。
「………。」
 う〜んと、と。まだ覚醒仕切らぬ頭で、何事か考えていた彼だったが。そんなこんなしている内にも、淡灰色の双眸はとろとろと瞼の下へと隠れそうになっており、
「う〜〜〜。」
 何でこんなに眠たいのかと、思う端から二度寝に入りかかったそんなところへ、

  「よういっちゃまvv」

 いかにも舌っ足らずなお声が駆け込んで来たがため、寝たままだったお顔がふにゃりと甘い笑みにほころんで。
「くう。来たか。」
「うっ、起こちに来た。パンケキ、食びよ?」
 朝ご飯ですよと、こんな小さなお子様が一丁前に起こしに来たらしく。よーいしょ・よいちょと、ベッドの敷布が垂れ下がってるところに懸命に掴まるものの、自分の握力や腕力だけでは、その身を持ち上げるような高さへまで、まだまだ到底、独力で登り切れない幼子であり。何とか縁へと腕を掛けるが、肘が引っ掛かってそれが限界。ならばと手を変え、うんうんと敷布を引いてる頑張りの気配を聞いてたものの、そっちもなかなか上手くは運ばない模様であり。あんまり焦らすのも何だしなと。ベッドの上の彼の方、むくりと身を起こし、小さなその手でパチンと指を鳴らして見せれば、
「はや? はやや〜〜〜っ!」
 途端にふわんと浮かんだ小さな身体。シルクサテンのベストとおズボンのアンサンブルに、愛らしいブラウスを合わせた恰好の小さな坊やが、何の支えもないまま宙に身を浮かべると、そのままふわりとベッドの上までやって来る。ぽさりと丁寧に降ろされて、向かい合うのは、似たような体型の小さな男の子であり、ただ一点だけが完全に違うのは、今宙を浮いて来た方の坊やには、ズボンのお尻からふさふさのお尻尾が垂れているところかと。
「よういっちゃま?」
「おう。」
 なかなかに尊大なお返事をするもう一方の坊やだが、あれれぇと怪訝そうに小首を傾げられて、
「ああ…そっか。」
 抱えてた枕をお膝に降ろし、ちょこりと座った男の子。自分の姿に気がついて、くすすと笑い、
「匂いで判らんか?」
「んと、よういっちゃまの によいすゆ。」
 でもあのね? あれれぇと、何かが腑に落ちないらしい男の子に、しょうがないなぁと大人みたいな所作で肩を竦めたその途端、

  「妖一、起きてるか?」
  「わっ☆」

 別な声がし、わたわたっと慌てるつつも、
「〜〜〜っ、なんだ。」
 何とか念じが間に合って、腕も脚もしゅっと伸びたる大人の姿へ変化
へんげしてから、尊大なお返事を返したものの。
“物音で判るわ。”
 入って来たこちらさんは、ややもすると呆れ顔。目の前で変身されて、はややぁとびっくりしているお尻尾のある方の男の子を抱き上げてやり、入れ替わるようにベッドへ腰掛け、
「セックスアピールする必要がないとか、大人の姿でいる必要がないから、気を抜くと子供に戻っちまうんだ。判ってんのか?」
 言わずもがなな“道理”を説いてやったのは、この館の主人で、目の前にいる…魔族にはめずらしい金の髪した養い子の、現在の同居人の葉柱で。
「〜〜〜〜。」
 判ってるよ、そんなことと。お口の中でもしょもしょと言い返したのは、とうの昔に大人になったと息巻いて独立してったはずの、蛭魔妖一という魔族の青年。ちょっとした事情があってのこと、種族は全く違えども“養い親と養い子”という言ってみりゃ“義理の親子”という関係にある彼らであり、
「いいもん。俺、ずっとルイといるんだもん。」
「お前ね。」
「俺、知ってんだからな。くうを引き取ったのは、俺が出てって寂しいからだって。」
 葉柱が抱えている小さな男の子へと視線を投げれば、
「?」
 何を言われているのか、恐らくは判ってはいなかろうおちびさんが“にゃは〜vv”と笑って見せたので、
「…おい。」
 少々気勢を削がれてしまった妖一さんであったりし。
(笑) 一方では、
「あのな。」
 何をまた、そんな話を偉そうにもぶち上げているかなと、呆れての吐息をついた蟲妖一族の惣領様。
「…確かにまあその通りではあるが。」
 相変わらずの馬鹿正直さから、その点へは是と認めたものの。ふふんと勝ち誇ったようなお顔になりかかった養い子へは、
「但し、だからって“じゃあ居てやろうか”なんていうのは順番が違うし、俺だってそんなのは願い下げだ。」
「…っ。」
 はぐらかされることのないままに、物の道理をきっちりと指摘出来るところが、さすがは年の功である。(聞いてますか? どっかのやっぱり惣領様?・笑)

 「確かに“何かあったらいつでも帰って来い”とは言ったさ。
  だが、戻りたくないことへの言い訳に持ち出せとまでは言ってねぇ。」

 そうそう難しいことは言ってもないし、
「………。」
 いつもの打てば響くよな、鋭くも即妙な反駁がないままに、パジャマ姿のまんまで項垂れている姿を見る限り。彼の側でも、言われるまでもなく判ってはいたらしい。今のこの現状の中、誰が何処で、詰まらない意地を張っているのか、だから事態が収拾しないのかと。

 「いいかげん、意地張るのは止せっての。」
 「………。」
 「ホントは逢いたくてしょうがないんだろに。」
 「だってっ。」
 「誤解だってのも薄々気づいてんだろう? ただ、引っ込みがつかねってだけ。」
 「う…。」

 痛いところを衝かれてか、再び言い淀んでしまった養い子へ、

 「あのサクラ馬鹿が、お前ってもんがありながら、
  どっかの十把ひとからげなアマと浮気なんかするタマか?
  しかも、だ。あんな、恥も外聞もないよな“座り込み”をし続けてんだぞ?」

 却って“目障りだっ”と怒ってやがったって言って、一旦帰って頭冷やせって言ったんだがな。

  「心配で心配で、片時だって離れられねぇんだとよ。」
  「………。」

 それが全ての恋情に、これ以上はなくのめり込み。だがそれも悔い無しと、思って止まない彼だからこそ、そうまで我が身を省みないでいられるのではないかと。こちらの彼もまた、その実直さから、いつしか苦笑ひとつ浮かべぬ真顔で、自分の養い子をじっと見つめているばかりであり。

  「………判った。」

 養い親とさして変わらぬ年格好の、艶やかな青年の姿に立ち戻っても小さな肩をふるりと揺す振った妖一坊や。どっちつかずでいた気持ちと関係へ、彼なりの結論を出すつもりとなった模様であり、
「よいっちゃま?」
 すぐ間近になった葉柱のお膝へ、ちょこりと座ったままで見上げて来る、小さな仔ギツネ、くうちゃんの、ぽわぽわの髪を長い指にて撫でてやると、くすんと小さく微笑った金髪の悪魔様だが。さて。






            ◇



 そこが愛する人に一番間近な場所だからと。書いてる側も非常に恥ずかしくなって来たってのに、ご本人には事実以外の何物でもないからと全く堪
こたえぬまま。ただそれだけで離れがたい場所になっている、大きな門柱に背中を預けて凭れている。人間と違って、そこいらに浮遊している生気からでも滋養は得られる身だけれど、さすがにそろそろ限界かも知れないかなぁ。ああ、こんなところで干からびちゃあ、妖一に嫌われるだけかしら。そんなこんなと、そろそろ物騒なことを思い詰めてた誰かさんだったところへと、

  ――― ふわ…っ、と。

 何やら甘い香りがすぐ間近をよぎった。春まだ浅い、しかも陽に最も遠い場所に位置する、此処は魔界だ。そんな軽やかな季節の感触は、よほどに過敏な性分
たちの者でなければ嗅げぬはずで。少し前の桜庭ならば、恋に浮かれた勢いから、そんなのあっさり嗅ぎ分けも出来たろが、
「…?」
 今の彼には、何か風が吹いたかな、という程度にしか感知出来ず。ただ…、

  「………あ。」

 その風に誘われるように、顔を上げれば。門の向こう、前庭をこちらへとやって来る人影があって。その腕へ、人へ変身出来るという小さな仔ギツネの邪妖くんを抱っこした、忘れようにも不可能な、懐かしい人の艶姿が見える。蜜に濡れたような、少し濃いめの色合いの金の髪に、淡灰色の瞳は特別な宝石みたいに神秘に透けて。陶器みたいな白い肌、若木のように撓やかで伸びやかな肢体を、深色のジャケットスーツと、Vネックのカットソーなんていう、仄かに隙を覗かせているかのような、罪深いいで立ちに包んでいる彼の人は、

  「…妖一?」

 直接逢うのは数カ月振りだと、冷えきってた指先がぬるい湯にもしびれるような、そんな重さで胸が痛んだ桜庭で。どんなに寿命が長くとも、1日は1日で半年は半年。ずっとずっと逢えなかったことが、こんなにも自分を臆病にしているのかと。門扉の柵越しとはいえ、吐息が届くほどにも間近に寄ってもらえたのに。なのに、手が伸ばせない自分の気後れにこそ、苦い想いがしたものの、

 「あの、あのね? 妖い…。」

 話しかけようとしかかって。だが。

 「………? 何してるの? 妖一。」

 桜庭が真っ直ぐに見やった先では、抱えてくれてる青年と同じいで立ちをした、小さな坊やが…淡灰色の瞳をぱちりと瞬かせて、それから。

  「………何で、そんなすぐに判んだよっ。」

 声のオクターブも、見栄えに合わせてのボーイソプラノ、だがだが、ぽんっと煙が弾けたその途端、そこに現れたのは、先に立ってた青年と寸分違わぬ、もう一人の金髪痩躯の青年であったりし。抱えていた側の青年は、ふにゃりと笑うとやはりぽよんと煙に巻かれ、入れ替わるかのようにちょこりと小さな姿に変身し。お尻尾をフリフリと揺らしながら、お屋敷のほうへと駆け戻ってく。気まずそうに押し黙ってる青年へと向けて、桜庭は、何事もなかったかのように、改めて口を開いて。

  「…ねえ、まだ怒ってるの?」
  「怒ってる。」
  「僕が…浮気したって怒ってるの?」
  「………。」

 コトの起こりは他愛のない誤解。けどでも、それを認めたら…自分の側からこそ彼へとお熱なことが赤裸々にされるような気がして、それが癪で。あくまでも背信へと怒っているのだというポーズ、崩す訳にはいかなかった、不器用で強情な悪魔様。そして、

 “それが判ってて、
  なのに…こんな馬鹿な意地っ張りを、
  ずっとずっと折れるまで待ってるお前ってどうよ。”

 しかも、くうを使って、あんな詰まらないブラフ張ったりするような。まだお前を試すようなことをした俺なのにね。ちょっぴり髪の伸びた、気勢の萎えた頼りない顔が、何でか物凄く懐かしくって。だのに、
「…。」
 門扉の向こうからでも、手は伸ばせるのに何で。体の横に降ろした手、上げようともしないの、お前。もう俺が怖くなった? 困ってるの見ない振りしていられる俺が、怖くなった? 手を延べても払いのけられたらって、怖くなった? また、1からやり直しなんかな、俺ら。お前が丁寧に積み上げたの、俺がぶっ壊してサ。そんなことするよな奴、フツーは嫌いだよな?

  「好き、だから。」
  「……………え?」

 妙な間のよさに、ギクッと胸が、震えて跳ねて。そろり、お顔を上げた妖一さんへ。

  「妖一がどんなに嫌ったって、僕は妖一が好きだから。」

 何もしてないのに嫌われたのは、さすがに堪えたけど。それでも、妖一が好きなのは止められなくて。此処にいるんだって思ったら、逢えなくてもいいからって来ちゃうくらい止められなくて。
「止めさせたいなら、いっそ…。」
「ああもう、やめろ。」
 鬱陶しいと言わんばかりの、乱暴な声で遮って。はっとお顔を上げた、亜麻色の髪した美丈夫さん、

  「………妖一?」

 何でそんな顔しているの? 怒ってる顔じゃあない。叱られたばかりの子供みたいな、遅れてのお迎えがやっと来てくれて泣き出した子供みたいな。遅れてのお迎えが………。

  「妖一。」
  「………。」

 どちらも触ってなんかいないのに。門扉が勝手にキィと横へ開いて。細い肩を落とした意地っ張りな悪魔さんが一歩を踏み出すより前に、

  ――― あ。////////

 柔らかで甘くて暖かい。お花と果物を足したような匂いとそれから、頼もしい胸元の温みとが、ふわりと冷えた頬を包んでくれて。

  「…帰ろうね?」

 一緒に暮らしてた桜庭の家。カーテンとか壁の絵とか、冬のへ変えたそのままになってるの。ラグもベッドカバーも、妖一がせっかくいい色のを選んだのに、あんまり使わないうちに、もう春のへと取り替えなきゃいけないね。そぉっと囁いてくれる声が、ずっと聞きたかったそれだったから。
「………。」
 じっと黙って聞いてたら、
「…妖一?」
 どうしたのって覗き込むのも、前と同じ。身を剥がそうとしかかるの、ぎゅうってしがみついて阻止してやって。
「妖一?」
「うっせぇな。」
 帰るんだろ? え?あ・うん。じゃあ…もたもたしてんじゃねぇよ。それ以上は言わず、ぎゅうぎゅうとしがみついて見せれば、
「…うん。」
 超特急で帰ろうね。そんな古臭い言いようをして、くすすと微笑った桜庭の能力で…次空移動にて姿を消した二人の青年。

  “やれやれ、やっと収まったか。”

 母屋の一階、正門が真っ直ぐ見通せる、ゲストルームの控えの間から、コトの次第を見守っていた葉柱の元へ、そこから戻って来たくうが、
「おととさまvv」
 ぴょこりと飛びつくのを受け止めてやる。困ったお兄さんがやっと帰ったのと、やれやれとの調子のそのままに話しかければ、

  「でも おととさま、お目々が たれたれよ?」
  「あ?」

 ふくふくした小さなお手々の人差し指を両方使い、自分のお目々の目尻をくいと下げて見せる仔ギツネくん。気が抜けて寂しそうとでも言いたいのかと、困ったような苦笑をして見せて。いつまでたっても手を焼かす、養い子の…ちょっと嬉しそうだった横顔を思い出しては、その笑みをついつい深くした、蟲妖の総帥様。ああもうそろそろ春が来るねぇ。あの、ちょっぴり尻腰の足りぬ亜麻色髪の青年魔族は、元は春の精霊の血統だそうだから、辛かった冬を乗り越えて、自分の得意な季節を迎え、少しは逞しくなるといいんだがねと、勢い、あっちの彼へまで親心を感じているらしく。その名に冠した花の王が咲き誇る季節までには、しっくりと元通りの仲に戻ってる二人だといいなと。よくは判っていなかろう、小さな二人目の養い子へ、嬉しそうに語って聞かせた葉柱さんだったそうな。







  〜Fine〜  07.3.09.

  *こんな訳の分からない、しかも鬱陶しい代物が
   “桜庭くん、お誕生日おめでとう”作品だったら…叩きますか?(いやん)

  *セナくんBD話のおまけ部分。
   もっと早くに書きたかったのですが、
   色々とバタバタしてるうち、もうこんな時期まで食い込んでしまいまして。

  *鳥籠シリーズとは別口のFTもので、こうまで続くとは思わなかったので、
   設定が向こうに比べて曖昧なままなのが読んでてややこしいかもですね、
   すいませんです。
   蛭魔さんには割としっかりした設定も考えてたんですよ。
   天界と魔界の、結構由緒正しい家柄の女神と魔族が、
   人間世界で出会って恋をして生まれたのが蛭魔さんで。
   魔力も聖力も破格の強さなので、
   良家の家長がどっちも跡取りにと欲しがったその勢いから、
   危うく聖魔戦争が勃発しかねなかったので(いやマジで)
   仲介者として選ばれた葉柱さんが(今世紀最悪の貧乏くじ・笑)
   魔界にあるけど天界の聖力に満ちた屋敷で育てることとなり、
   どっちの住人となるかは本人に決めさせなさいということで決着した、とか。
   ああ、こんなごたくを並べると、
   また続きが書きたくなるじゃあありませんか。
(苦笑)
   とりあえず、蛭魔さんのマイブームはセナくんの先行きを気に掛けること。
   桜庭さんのマイブームは、そんな妖一さんを温かく見守ること、ですvv
   今回の痴話ゲンカは、実は第19349857回目のそれでして、
   その度にいちいち“実家”に帰って来る妖一さんが、
   面倒ながらも可愛くてしょうがない葉柱さんだと楽しいですvv
 

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